「それは難しいです。」「それは出来かねます」など、日本人は、相手を否定しない言葉遣いを徹底的に教え込まれ、今のビジネスシーンにおいてもその風習が根強く残っています。相手を敬う事=相手を否定しない事という概念が脈々と受け継がれ、その結果本音と建前が全く異なるような、非論理的な習慣が身に着きました。

このように日本では、自分が思っていないことにでも同調したり、否定を無理に肯定にする癖がついているため、およそロジカルシンキングがとは程遠い感覚が身に着き、苦手になっていきました。普通に考えて、世界から見るとその風習はスタンダードとは言えないモノであり、世界を相手にするには、やはりロジカルシンキングを身に着ける必要があります。

そこで今回は、日本人の感性が、ロジカルシンキングからどれだけかけ離れているか、身に着けるために必要な事は何かを考えてい行きます。

非論理的な日本人の感性

日本ではなぜロジカルシンキングが広まりにくいのか、日本人の特徴と共にその観点についていくつかお話していきます。

1、意見が客観的ではない

「あれは嫌いだ」など、常に「私」発信で、意見が感情的になりがち

2、発言が短絡的

前述の「あれは嫌いだ」などの意見に対し、なぜそう思うのかの理由はほとんど述べられない

3、相手の発言を無視して回答する

「さっきの会議、時間の無駄だったね」「参考になるところもありましたよ」

と言った具合に、無駄だったと思うかどうかの回答をせずに別の意見を答える

4、相手の質問に答えない

「融資の件、お願いできますか?」「今のうちの財政難、ご存知ですか?」

質問に対する返事を全くしていない

いかがでしたか?

残念ながら違和感なく「あるある」と頷いた方も多いのではないでしょうか。そこからもロジカルシンキングにいかに疎いかがわかります。

世界のライティング手法

考えてみれば、学校で教わる事と言えば、文章の読解力がメインで、文章を作る方法を学ぶ機会はほとんど無かったように思います。中でも文章作成的な内容と言えば、読書感想文でしょうか。

しかし、この読書感想文で習う「起承転結」という考え方は、どうやらグルーバルスタンダードでは無いのだそうです。では、ライティングにおけるグローバルスタンダードとはいったいどういう方法なのでしょうか。その例をいくつかご紹介します。

相手に伝えたい事の本質を見極める必要があります。文章を作るという事は、その内容が相手に伝わらなければ意味がありません(世界基準で行くと、日本で今でも取り上げられている読書感想文は、ただの主観のみに特化したポエムのようなものなのだそう)。読み手の関心や疑問に答える形で書く必要があります。

そして、思いついた項目をただ横に並べるのではなくある程度グループ化し、そのグループがどういうグループなのかを要約する必要があります。例えば、「私がいくらでも食べても飽きない、ミカン・イチゴ・キウイ・パイナップルは」などと並べても、読み手がそこに興味を持つ可能性は低く、「私の好きなフルーツ」とグループ化して要約する事で、雑多なものを省く事ができます。

最後に

俳句や短歌が生まれた国日本では、感覚や感情を繊細に伝える事を風流ととらえる習慣がある為、白黒はっきりさせず、グレーでとどめておく文化が根付いています。その為、物事の真意もなるべくグレーでとどめておきたいという考えが働くのか、どうしても論理的に物事を考える事が苦手です。

しかしながら、ロジカルシンキングの手法は、考える癖をつければできるようになるので、日本人特有の風流な感性は残しつつ、論理的にも考えられる、ジャパニーズスタンダードができれば良いですね。